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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)46号 判決 1996年3月21日

大阪府門真市大字門真1006番地

原告

松下電器産業株式会社

同代表者代表取締役

森下洋一

同訴訟代理人弁理士

役昌明

滝本智之

岩橋文雄

東京都千代田区霞ヶ関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

石井勝徳

幸長保次郎

吉野日出夫

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第6145号事件について平成6年12月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年10月15日、発明の名称を「液晶表示パネルおよびその製造方法」とする発明(後に名称を「液晶表示パネルの製造方法」と補正。以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和60年特許願第229104号)したところ、平成6年2月8日拒絶査定を受けたので、平成6年4月15日査定不服の審判を請求し、平成6年審判第6145号事件として審理された結果、同年12月8日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成7年2月6日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

対向する基板の少なくとも片方の基板に、対向する基板とによって液晶密封部を形成するようにラジカル重合型紫外線硬化樹脂からなるシール材を配置し、その後上記対向する基板の少なくとも片方の液晶密封部に対応する部分に、液晶密封部の液晶が充填されるべき正味容積の±7%の範囲の一定量の液晶をのせた後、上記対向する基板を減圧下で貼合わせ、その後上記シール材を硬化させることを特徴とする液晶表示パネルの製造方法

(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前記のとおりである。

(2)  これに対して、昭和59年特許出願公開第171925号公報(以下、「引用例1」という。)、及び昭和58年特許出願公開第27126号公報(以下、「引用例2」という。)には、それぞれ次の発明が記載されている。

引用例1

2枚のガラスを接着する接着材を少なくとも一方のガラス上に塗布し、該ガラスの上面の所定位置に定量した液晶を滴下し、その上から他方のガラスをパターン合せして接着させて液晶を充填する、液晶表示素子の製造方法

第1実施例 チャンバ1内を真空排気した状態で、接着材4をスクリーン印刷したガラス3aの上面中央部に液晶5を定量滴下後、スペーサが付着しているガラス3bを保持している上下動用シリンダ6を下降させ、シリンダ6にて2枚のガラス3a及び3bに荷重をかけてこれらを接着し、チャンバ1内を大気圧にした後、次に接着材硬化工程に移して慣用方法により接着材を硬化せしめる例(別紙図面2参照)

引用例2

少なくとも1枚が透明である電極基板間に電気光学効果を呈する液晶層を有する液晶表示パネルにおいて、前記2枚の電極基板の一方にシール部としてスペーサ材を混入した光硬化樹脂性を一部開孔された状態にプリントして紫外線により硬化させ、このシール部内に液晶を滴下したのち他方の電極基板に、スペーサ材を混入した光硬化性樹脂を上記硬化された一部開孔を持つシール部を包むパターンにプリントしたものを重ね合わせて硬化した液晶表示パネルの製造方法(別紙図面3参照)

(3)  本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1に記載された「ガラス」、「チャンバ内を真空排気する」及び「液晶表示素子」は、それぞれ本願発明の「基板」、「減圧する」及び「液晶表示パネル」に相当し、また、引用例1に記載された「接着材」は、液晶表示素子に仕上げる際に硬化せしめられるものであるから、本願発明の「硬化樹脂からなるシール材」に相当するので、両者は、対向する基板の少なくとも片方の基板に、対向する基板によって液晶密封部を形成するように硬化樹脂からなるシール材を配置し、その後上記対向する基板の少なくとも片方の液晶密封部に対応する部分に、液晶密封部の液晶が充填されるべき一定量の液晶をのせた後、上記対向する基板を減圧下で貼合わせ、その後上記シール材を硬化させる液晶表示パネルの製造方法、という点で一致しており、次の点で相違する。

相違点<1>

硬化樹脂からなるシール材が、前者は、ラジカル重合型紫外線硬化樹脂からなるのに対して、後者は、硬化樹脂の材質について言及していない点

相違点<2>

基板に滴下する液晶の量が、前者は、液晶密封部の液晶が充填されるべき正味容積の±7%の範囲の一定量であるのに対して、後者は、一定量ではあるが、そのような記載がない点

(4)  前記相違点について判断する。

相違点<1>について、引用例2に記載されているように、基板に液晶を滴下して液晶表示パネルを製造する際に、シール材として、紫外線硬化樹脂を使用することは本出願前に知られている。したがって、基板に液晶を滴下して液晶表示パネルを製造する引用例1記載の発明において、硬化樹脂からなるシール材として、紫外線硬化樹脂を使用することは当業者にとって格別の困難性はない。もっとも、本願発明は、紫外線硬化樹脂のなかでもラジカル重合型の紫外線硬化樹脂を使用するものであるが、ラジカル重合型の紫外線硬化樹脂は、紫外線硬化樹脂のなかで極めて普通のものであるから、この点も格別のことではない。

相違点<2>について、液晶密封部の液晶が充填されるべき正味容積に対して、液晶表示パネルを製造する際に実用的に許容できる割合の上限及び下限範囲を特定することは、当業者が容易になし得る事項である。

そして、本願発明の構成によつてもたらされる作用効果も、当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例1及び引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明との相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、本願発明及び引用例1記載の発明の技術内容を誤認した結果、一致点の認定を誤り、かつ、相違点<1>及び<2>の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例1記載の発明とは、「対向する基板の少なくとも片方の基板に、対向する基板によって液晶密封部を形成するように硬化樹脂からなるシール材を配置し、その後上記対向する基板の少なくとも片方の液晶密封部に対応する部分に、液晶密封部の液晶が充填されるべき一定量の液晶をのせる」構成において一致すると認定しているが、この認定は次の理由により誤っている。

本願発明において、「液晶密封部」とは、対向する2枚の基板と硬化前の紫外線硬化樹脂からなる口字形のシール材とによって囲まれた空間であり、この閉じた空間内に充填されるべき正味容積の±7%の範囲の一定量の液晶を充填するのである。

これに対し、引用例1には、接着材をスクリーン印刷によって塗布する旨が記載されているが、印刷するパターンについては、何も記載されていない。

そして、引用例1の第1実施例には、「接着材4中の溶剤を蒸発させた後」(2頁右下欄8、9行)との記載があるから、この紫外線硬化樹脂は、溶剤が含まれている熱硬化性樹脂であると考えられる。熱硬化性樹脂は、一般的に粘度が高く、スクリーン印刷を行うことが困難であるから、溶剤で粘度を下げて印刷し、その後、溶剤を蒸発させるのであって、そのために、ガラス板を貼り合わせた後、硬化のため加熱する必要がある。「慣用方法により接着材を硬化せしめる」(3頁左上欄8、9行)との記載はこのことを意味する。ところが、加熱すれば液晶が膨張するので、シール材が液晶密封部を形成すると、液晶の膨張により液晶がシール材を破り溢出するので、慣用方法により接着材を硬化せしめる時点では液晶密封部が形成されていないことが明らかである。また、その第2実施例では、ガラス基板貼合わせ後、ガラス基板間の液晶の脱気を行う旨記載されている(3頁左下欄)から、ガラス基板間は外部と通じている必要があり、液晶密封部は形成されていない。

この点について、被告は、前記第1実施例において常温硬化樹脂を用いれば液晶密封部を形成できる旨主張するが、この接着材はスクリーン印刷されており、常温硬化接着材を用いるとスクリーン版上で硬化が始まって目詰まりを起こすので、スクリーン印刷は不可能である。

したがって、審決の前記一致点の認定は誤りである。

(2)  相違点<1>についての判断の誤り

審決は、相違点<1>について、基板に液晶を滴下して液晶表示パネルを製造する際に、シール材として、紫外線硬化樹脂を使用することは引用例2に記載されているように、本出願前に知られているから、基板に液晶を滴下して液晶表示パネルを製造する引用例1記載の発明において、硬化樹脂からなるシール材として、紫外線硬化樹脂を使用することは当業者にとって格別の困難性はない、と認定判断している。

しかしながら、引用例2記載の「シール材として紫外線硬化樹脂を使用する方法」においては、液晶を封入する際には、既にシール材が硬化されており、液晶と化学反応を生じない状態で封入されているから、開口部を設けて余分な液晶の逃げ道を形成している。

これに対し、本願発明では、液晶を充填すべき領域の全周に硬化前の紫外線硬化樹脂でシール材を形成してその領域に液晶を滴下したのち、基板を貼合わせて、シール材を硬化させることを特徴とするものであり、審決の前記認定判断は、本願発明における液晶と硬化前のラジカル重合型紫外線硬化樹脂との関係を無視したものであって、誤っている。

また、審決は、本願発明において使用するラジカル重合型の紫外線硬化樹脂は、紫外線硬化樹脂のなかで極めて普通のものであるから、この点も格別のことではない、と認定判断している。

しかしながら、引用例2には、内側スペーサ5に関して、「エポキシ系樹脂が、硬化する迄に液晶材と接触して液晶中に拡散し液晶の配向を乱し、又は電気的特性に影響を与える事がない。」(2頁右上欄3行ないし6行)、「紫外線によって硬化させる時間は数秒で完了するので、前記した液晶材との接触時間が少く液晶の配向を乱したり電気的特性に影響を与えたりする事が少い。」(同欄9行ないし12行)と記載されているから、従来液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることは好ましくないと認識されていたことが明らかであり、紫外線硬化樹脂としてラジカル重合型のものを使用すること、及び液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることが明示されていない引用例1記載の発明において、引用例2記載の発明における液晶表示パネルの製造方法を適用することに格別の困難性はないとする審決の前記認定判断は、誤りである。

この点について、被告は、乙第1号証(角田隆弘著「新・感光性樹脂」印刷学会出版部昭和56年4月25日発行、以下「周知例1」という。)を引用して紫外線硬化樹脂としてはラジカル重合型のものは極めて普通のものである旨主張する。ラジカル重合型の紫外線硬化樹脂が極めて普通のものであることは認める。しかしながら、周知例1を参照しても、未硬化状態のラジカル重合型紫外線硬化樹脂が液晶と反応しないという本願発明の前提となる技術事項が公知ではなく、また、ラジカル重合型の紫外線硬化樹脂が液晶表示パネルのシール材として最適であることも公知ではないから、これをもって紫外線硬化樹脂のなかでラジカル重合型のものを使用することが格別のことでないということはできない。

また、被告は、乙第2号証(昭和52年特許出願公開第146593号公報、以下「周知例2」という。)を引用して未硬化のラジカル重合型紫外線硬化樹脂を液晶層と接触させることは本出願前に知られていたことである旨主張する。しかしながら、周知例2記載のコレステリック液晶を用いた色変化表示体においては、対向する電極間の電位差によって液晶分子を駆動するという構成を具備しないから、本願発明でいう液晶との反応、すなわち、電流値に変化を与える現象はあり得ない。仮に、本願発明でいう液晶との反応を想定していたとしても、その技術内容は、未硬化の紫外線硬化樹脂と液晶は反応するという技術的思想に基づくものであり、これが反応しないことを見出した本願発明の技術的思想を否定するものであって、これをもってラジカル重合型の紫外線硬化樹脂からなるシール材を未硬化の状態で使用することが格別のことでないということはできない。

(3)  相違点<2>についての判断の誤り

審決は、相違点<2>について、液晶密封部の液晶が充填されるべき正味容積に対して、液晶表示パネルを製造する際に実用的に許容できる割合の上限及び下限範囲を特定することは、当業者が容易になし得る事項である、と判断している。

しかしながら、引用例1には、「定量した液晶を滴下する」旨の記載は存するが、基板を貼合わせる際に、液晶が溢れ出さないように滴下する点に関する記載は存しない。

これに対し、本願発明においては、硬化前のラジカル重合型紫外線硬化樹脂で囲まれた液晶密封部に過不足なく封入可能な許容量を実験によつて確認したところ、硬化前のラジカル重合型紫外線硬化樹脂は液晶の圧力により液晶密封部の容積を変えることができるので、正味容積の±7%の範囲であれば、液晶の損失がなく、かつ紫外線硬化樹脂の接着性を損なうことなく十分実用に供し得ることが明らかになったものである。

したがって、審決の前記判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存しない。

2(1)  一致点の認定について

引用例1に記載された「接着材」は、液晶表示素子に仕上げる際に硬化せしめられるものであるから、本願発明の「硬化樹脂からなるシール材」に相当する。そして、引用例1には、「従来の液晶充填装置では液晶溜め中にガラス基板を挿入する為、ガラス基板の外周に液晶5が付着し、付着した液晶5をふきとっていたので、高価な液晶5が無駄に使用されていたが、本発明では必要量の液晶5しか滴下しない為、製品コストも安くできる」(3頁右下欄8行ないし14行)と記載されているから、引用例1記載の発明における接着材は、必要量の液晶しか滴下しないものであって、余剰な液晶を流出させるものではない。

原告は、引用例1の第1実施例では液晶密封部を形成しない旨主張するが、第1実施例の溶剤を含む接着材としては、熱硬化樹脂と常温硬化樹脂とが考えられ、本願発明でいう液晶密封部を形成するように配置された常温硬化樹脂シール材を用いて液晶表示パネルを製造すること力可能である。仮に、引用例1記載の発明における溶剤を含む接着材が熱硬化樹脂であるとしても、加熱による液晶の膨張により液晶がシール材を破らない量で、かつ液晶が十分充填され得るように液晶を定量し、ガラスの上面中央部に滴下することで、液晶密封部を形成するように配置された熱硬化樹脂シール材を用いて液晶表示パネルを製造することも可能である。

したがって、引用例1記載の発明における接着材は、本願発明でいう液晶密封部を形成する機能を有するものであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

(2)  相違点<1>の判断について

審決は、引用例2記載の発明を、基板に液晶を滴下する型の液晶表示パネルを製造する際にシール材として紫外線硬化樹脂を使用することは、本出願前に知られていることを示すために引用したものであり、紫外線硬化樹脂としては、周知例1にも示されるように、ラジカル重合型(光重合型)のものは、光架橋型のものと同様極めて普通のものであり、これを使用することは当業者にとって格別の困難性はない。

原告は、引用例2の<1>「エポキシ系樹脂が、硬化する迄に液晶材と接触して液晶中に拡散し液晶の配向を乱し、又は電気的特性に影響を与えることがない。」、<2>「紫外線によって硬化させる時間は数秒で完了するので、前記した液晶材との接触時間が少く液晶の配向を乱したり電気的特性に影響を与えたりする事が少い。」との記載を根拠に、従来液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることは好ましくないと認識されていた旨主張する。

しかしながら、<1>は、従来の構造で封止して用いられたエポキシ系樹脂には<1>の欠点があるのに対し、引用例2記載の発明ではこのような欠点がないことを述べたものであり、<2>は、出願当初明細書(甲第2号証)の「紫外線硬化型樹脂は常温で短時間に硬化でき、しかもポットライフが長いので、本発明に用いるシール材13としては非常に適している。」(17頁12行ないし15行)と同趣旨の記載内容であって、本願発明と格別相違するものではない。

そして、周知例1が示すように、紫外線硬化樹脂として、ラジカル重合型のものは極めて普通である。

また、原告は、引用例2には液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることが明示されていない旨主張するが、引用例2の2頁左上欄15行ないし右上欄6行及び同欄10、11行の記載を参照すれば、引用例2記載の発明は、液晶をスペーサ6の未硬化樹脂成分と接触させているといえる。

さらに、原告は、本願発明は、紫外線硬化樹脂のなかでラジカル重合型のものが未硬化の状態でも液晶とは反応しにくいという知見に基づいてなされたものである旨主張するが、未硬化のラジカル重合型紫外線硬化樹脂を液晶層と接触させることは周知例2に記載されているように本出願前から知られていたことであり、格別新しいことではない。すなわち、周知例2には、基板あるいはシート10上にコレステリック液晶の薄層12を形成し、この薄層上に紫外線によって硬化する紫外線硬化樹脂溶液を塗布し、これに紫外線を照射して瞬間的に硬化させてコレステリック液晶の保護膜13を形成する色変化表示体の製造方法(特許請求の範囲1項8項、別紙図面4第3図参照)が記載されており、その実施例1ないし6には、紫外線硬化樹脂として、ラジカル重合型のものを使用する例が記載されている。したがって、本願発明において、ラジカル重合型の紫外線硬化樹脂からなるシール材を使用することは格別のことではない。

(3)  相違点<2>の判断について

前記(1)で述べたように、引用例1記載の発明は、本願発明と同様液晶密封部に液晶を充填するものであり、液晶密封部の液晶が充填されるべき正味容積に対して、液晶表示パネルを製造する際に実用的に許容できる割合の上限及び下限範囲を特定することは、当業者が容易になし得る事項であるから、審決の相違点<2>の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の理由の要旨)、同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第2号証(特許願書及び願書添付の明細書、図面)、同第3号証(平成3年7月15日付手続補正書、以下「補正明細書」という。)及び同4号証(平成6年5月13日付手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本願発明は、薄型、軽量、低消費電力ディスプレイとして利用されている液晶表示パネルの製造方法に関する。

液晶表示パネルの製造方法としては、従来次の方法が提案されている。

 対向配置される片方の電極基板上にピペットあるいは注射器等を用いて液晶を正味必要量以上滴下し、その上にスペーサを介してもう一枚の電極基板を大気中でのせ、周囲にはみ出した液晶をふき取った後、外周を接着材等でシール接着する方法。

 対向配置された電極基板をシール材を用いて接着固定し、前もってサンドイッチ型セル構造の容器を作り、上記電極基板に前もって設けられた液晶注入口より液晶を毛細管現象、加圧、真空等を用いて注入、封口する方法。

 第13図(A)~(D)に示すように対向配置された電極基板1、2をシール材3を用いて固定し、前もってサンドイッチ型セル構造の容器を作り、上記シール部に前もって設けられた開口部より液晶4を真空注入法を用いて注入、封口する方法。

しかしながら、の方法では、品質性、量産性ともに悪く、液晶材料のロスも大きいという欠点があり、また、の方法もコストがアップし、量産性が悪いという欠点を有しているので、今日では、もっぱらの方法で液晶表示パネルの生産が行われているが、この方法には、次のような欠点がある。

必ず注入口端面が液晶と接触するため、

<1> 注入口端面に付着した分が液晶材料のロスとなる。

<2> 液晶が付着した上から封口材で封口するため、接着強度が弱い。

<3> 液晶が汚染されたり、ゴミが混入する。

また、この方法では、

<4> 液晶注入に時間がかかる。

<5> 液晶注入時、電極基板がフイルム等の柔軟な材料であると、気圧差により上下の電極基板が接触し、配向不良を起こす。

<6> スペーサを液晶中に混入した液晶表示パネルを製造する場合、液晶に前もって混入することができず、電極基板の接着固定前にその全面にスペーサを散布する必要があるため、高価なスーペサ材料のロスが大きい。

<7> 多層パネルにおいて、各セル内の液晶を2種以上に変えて製造することが困難であり、同様に2個以上のセルが平面的に連結されたパネルにおいて、各セル内の液晶を2種以上に変えた形に製作することができない。

<8> 電極基板の接着工程、液晶注入工程、封口工程の3工程よりなり、工数がかかる。

(補正明細書3頁3行ないし8頁14行)

2  本願発明は、上記の欠点を除去することを目的としてなされたものであり、この目的を達成するために本願発明の要旨(特許請求の範囲1)記載の構成(平成6年5月13日付手続補正書3枚目2行ないし7行)を採用したものである(補正明細書8頁16行ないし9頁4行)。

3  本願発明は、上記の構成により、

(1)  高価材料である液晶のロスが発生しない。

(2)  液晶の汚染やゴミの混入が全くなくなる。

(3)  シール材の接着性がよい。

(4)  基板表面又は外周部には液晶を密封するための凸部がなく、表示面積を広くとることができるとともに、実装も容易で封口部のトラブルが発生しない。

(5)  電極基板の貼合わせ、液晶注入、封口及び必要に応じてのスペーサ散布の工程を短時間にしかも1工程で行うことができる。

(6)  高価材料であるスペーサのロスが全く発生しない。

(7)  シール材として紫外線硬化樹脂を使用すれば、従来基板洗浄から完成品検査までの工程が3日以上であったものを1日以内にまで大幅に短縮できる。

(8)  2個以上の独立した液晶密封部を一体に設け、それらの密封部に少なくとも2種以上の異なる液晶を充填してなる全く新しいタイプの液晶表示パネルを提供できる。

(9)  多層パネルのような液晶表示パネルも液晶同士が混合することなく容易に作ることができる。

という作用効果を奏するものである(同21頁19行ないし23頁10行)。

第3  そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1  一致点の認定について

原告は、引用例1記載の発明は、液晶密封部を形成しないから、本願発明と引用例1記載の発明とは、「対向する基板の少なくとも片方の基板に、対向する基板によって液晶密封部を形成するように硬化樹脂からなるシール材を配置し、その後上記対向する基板の少なくとも片方の液晶密封部に対応する部分に、液晶密封部の液晶が充填されるべき一定量の液晶をのせる」構成において一致するとした審決の認定は誤っている旨主張する。

引用例1記載の発明の特許請求の範囲1には、「2枚のガラスを接着する接着材を少なくとも一方のガラス上に塗布し、該ガラスの上面の所定位置に定量した液晶を滴下し、その上から他方のガラスをパターン合せして接着させて液晶を充填させることを特徴とする液晶表示素子の充填方法」との記載があり、その第1実施例として、チャンバ1内を真空排気した状態で、接着材4をスクリーン印刷したガラス3aの上面中央部に液晶5を定量滴下後、スペーサが付着しているガラス3bを保持している上下動用シリンダ6を下降させ、シリンダ6にて2枚のガラス3a及び3bに荷重をかけてこれらを接着し、チャンバ1内を大気圧にした後、次に接着材硬化工程に移して慣用方法により接着材を硬化せしめる例(別紙図面2参照)が記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例1には、引用例1記載の発明の効果として「従来の液晶充填装置では液晶溜め中にガラス基板を挿入する為、ガラス基板の外周に液晶5が付着し、付着した液晶5をふきとっていたので、高価な液晶5が無駄に使用されていたが、本発明では必要量の液晶5しか滴下しない為、製品コストも安くできるという優れた効果も得られる。」(3頁右下欄8行ないし14行)と記載されていることが認められる。

以上の引用例1の記載事項によれば、引用例1記載の発明においては、2枚の対向するガラス基板の片方の基板に硬化樹脂からなる接着材(この接着材は、後に硬化されるものであって、本願発明におけるシール材に相当する。)を配置し、該基板に必要量の液晶のみ滴下し、上記対向する基板を荷重をかけて接着し、しかる後慣用方法により接着材を硬化せしめる液晶表示パネルの製造方法であるから、引用例1記載の発明も本願発明と同じく液晶密封部を構成する、というべきである。

この点について、原告は、引用例1の第1実施例には、「接着材4中の溶剤を蒸発させた後」(2頁右下欄8、9行)との記載があるから、この紫外線硬化樹脂は、溶剤が含まれている熱硬化性樹脂であると考えられ、熱硬化性樹脂は、一般的に粘度が高く、スクリーン印刷を行うことが困難であるから、溶剤で粘度を下げて印刷し、その後、溶剤を蒸発させるのであって、そのために、ガラス板を貼り合わせた後、硬化のため加熱する必要があるところ、加熱すれば液晶が膨張するので、シール材が液晶密封部を形成すると、液晶の膨張により液晶がシール材を破り、液晶が溢出することからみて、接着材の硬化時点では液晶密封部が形成されていないことが明らかである旨主張する。

しかしながら、前掲甲第5号証によれば、引用例1には使用する接着材を熱硬化性樹脂に限定する記載はなく、常温硬化樹脂も使用できるものと認められるから、引用例1の第1実施例において使用される接着材が熱硬化性樹脂であることを理由とする原告の主張は採用できない。

さらに、原告は、この接着材はスクリーン印刷されており、常温硬化接着材を用いるとスクリーン版上で硬化が始まって目詰まりを起こすので、スクリーン印刷は不可能である旨主張するが、成立に争いのない乙第3号証(東芝シリコーン株式会社編「シリコーンとその応用」同社昭和58年7月20日発行)によれば、スクリーン印刷用シリコーンとして室温硬化型で接着性のものが使用されること(285頁8行ないし21行)が記載され、また、成立に争いのない乙第4号証(相原次郎著「印刷インキ入門」印刷学会出版部昭和59年10月30日発行)によれば、スクリーンインキ用樹脂として「乾燥形式」蒸発乾燥、「乾燥方法」自然乾燥によりニトロセルロース等の樹脂が、また、「乾燥形式」酸化重合、「乾燥方法」自然乾燥によりアルキド樹脂等の樹脂がそれぞれ使用されること(117頁表5・4)が記載されており、インキ用樹脂が自然乾燥の方法により印刷に用いられるということは、平常の温度で用い得ることを意味するから、スクリーン印刷において常温硬化接着材を使用できることが明らかであり、原告の前記主張は理由がない。

したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは、「対向する基板の少なくとも片方の基板に、対向する基板によって液晶密封部を形成するように硬化樹脂からなるシール材を配置し、その後上記対向する基板の少なくとも片方の液晶密封部に対応する部分に、液晶密封部の液晶が充填されるべき一定量の液晶をのせる」構成において一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  相違点<1>の判断について

引用例2に、少なくとも1枚が透明である電極基板間に電気光学効果を呈する液晶層を有する液晶表示パネルにおいて、前記2枚の電極基板の一方にシール部としてスペーサ材を混入した光硬化樹脂を一部開孔された状態にプリントして紫外線により硬化させ、このシール部内に液晶を滴下したのち他方の電極基板に、スペーサ材を混入した光硬化性樹脂を上記硬化された一部開孔を持つシール部を包むパターンにプリントしたものを重ね合わせて硬化した液晶表示パネルの製造方法が記載されていることは、当事者間に争いがない。

原告は、引用例2記載の発明においては、液晶を封入する際には、既にシール材が硬化されており、液晶と化学反応を生じない状態で封入されているから、開口部を設けて余分な液晶の逃げ道を形成しており、本願発明とは構成を異にする旨主張する。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点<1>、すなわち、硬化樹脂からなるシール材が、前者は、ラジカル重合型紫外線硬化樹脂からなるのに対して、後者は、硬化樹脂の材質について言及していない点について、引用例2に記載されているようにシール材として紫外線硬化樹脂を使用することが本出願前知られているから、引用例1記載の発明において硬化樹脂からなるシール材として紫外線硬化樹脂を使用することは当事者にとって格別困難はない、と判断したものであって、原告主張の本願発明の構成を認定判断するために引用例2を摘示したのではないから、原告の前記主張は理由がない。

また、原告は、引用例2の記載事項から従来液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることは好ましくないと認識されていたことが明らかであり、紫外線硬化樹脂としてラジカル重合型のものを使用すること、及び液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と接触させることが明示されていない引用例1記載の発明において、引用例2記載の発明における液晶表示パネルの製造方法を適用することに格別の困難性はないとする審決の前記認定判断は、誤りである旨主張する。

成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2には、引用例2記載の液晶表示パネルの製造方法について、「この方法によれば、従来の構造で封止して用いられたエポキシ系樹脂が、硬化する迄に液晶材と接触して液晶中に拡散し液晶の配向を乱し、又は電気的特性に影響を与える事がない。(中略)紫外線によって硬化させる時間は数秒で完了するので、前記した液晶材との接触時間が少く液晶の配向を乱したり電気的特性に影響を与えたりする事が少い。」(2頁右上欄2行ないし12行)と記載されているが認められるが、この記載はその内容からも明らかなように、液晶を未硬化の紫外線硬化樹脂と長時間接触させることが好ましくないとしているものであって、接触自体を好ましくないと認識していたことを示すものとはいえない。前掲甲第3号証によれば、本願明細書にも「紫外線硬化型樹脂は常温で短時間に硬化でき、しかもポットライフが長いので、本発明に用いるシール材13としては非常に適している。」(補正明細書16頁16行ないし19行)と記載されていることが認められ、引用例2の記載事項との間に格別の認識の差異があるとはいえない。

そして、成立に争いのない乙第2号証によれば、周知例2には、その特許請求の範囲1に「基板あるいはシート上に温度によって色変化を生じるコレステリック液晶の薄層を形成し、この薄層上に可視光領域よりも短波長側のエネルギー線によって硬化するエネルギー線硬化樹脂溶液を塗布し、これに前記エネルギー線を照射して瞬間的に硬化させて前記コレステリック液晶の保護膜を形成するようにしたことを特徴とする色変化表示体の製造方法」(1頁左下欄4行ないし12行)、同8項に「前記エネルギー線として紫外線を用いたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の色変化表示体の製造方法」(同頁右下欄19行ないし2頁左上欄1行)と記載され、その実施例1ないし6には、紫外線硬化樹脂として、ラジカル重合型のものを使用する例が記載されていることが認められる(これらの実施例において使用されている紫外線硬化樹脂がラジカル重合型のものであることは原告も争ってない。)。したがって、周知例2には、未硬化ラジカル重合型紫外線硬化樹脂を液晶と接触させることが開示されており、この技術は本出願当時公知であって、本願発明の新たな知見とはいえない。

この点について、原告は、周知例2記載のコレステリック液晶を用いた色変化表示体においては、対向する電極間の電位差によって液晶分子を駆動するという構成を具備しないから、本願発明でいう液晶との反応はあり得なし、仮に、本願発明でいう液晶との反応を想定していたとしても、その技術内容は、未硬化の紫外線硬化樹脂と液晶は反応するという技術的思想に基づくものであり、これが反応しないことを見出した本願発明の技術的思想を否定するものであって、これをもってラジカル重合型の紫外線硬化樹脂からなるシール材を未硬化の状態で使用することが格別のことでないとはいえない旨主張するが、周知例2記載の発明は色変化表示体であるため紫外線硬化樹脂の使い方には本願発明と差異があるとしても、未硬化ラジカル重合型紫外線硬化樹脂を液晶と接触させてよいとする技術的思想において異なるところがないから、この点は、上記判断を左右するものではない。

したがって、引用例2に記載されているようにシール材として紫外線硬化樹脂を使用することが本出願前に知られていたことを理由として、引用例1記載の発明において硬化樹脂からなるシール材としてラジカル重合型の紫外線硬化樹脂を使用することは当事者にとって格別困難はない、とした審決の判断に誤りはない。

3  相違点<2>の判断について

原告は、引用例1には、基板を貼合わせる際に、液晶が溢れ出さないように滴下する点に関する記載は存しないのに対し、本願発明は、硬化前のラジカル重合型紫外線硬化樹脂は液晶の圧力により液晶密封部の容積を変えることができるので、正味容積の±7%の範囲であれば、液晶の損失がなく、かつ紫外線硬化樹脂の接着性を損なうことなく十分実用に供し得ることを実験により確認したものであって、審決の相違点<2>の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明も2枚の対向するガラス基板の片方の基板に硬化樹脂からなるシール材を配置して構成した液晶密封部に必要量の液晶のみ滴下するものであり、その場合における液晶滴下の実用的な許容量として正味容積の±7%の範囲を選定することは当業者が容易になし得た事項ということができるから、審決の相違点<2>の判断に誤りはない。

4  以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法は存しない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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